課題の教科書

Critical Realism for All Leader

質問を実りあるものとするにはこれ3つ

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こんにちは。ポエタです。

質問(問い)をキーワードに見つけた本を読んだ(読んでいる)のですが、ピンときませんでした。

頭の中にもやもやとした違和感だけがただよっています。

他人の言葉では、頭の中を整理できません。

一度、ここで問題意識を整理したいと思ったので、共有させてください。

1 はじめに

質問をテーマにした本は、けっこう世の中に流通しています。質問は声に出して言うか文字にして書くのが基本ですが、より内面的な問いも重要ではないか。

内面的な問いは秘密のベールに包まれています。質問から始めて問いにまで関心を向け、実りある質問の条件を3つ整理しました。

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2 質問の力

(1)答えを求めることの限界

私たちは、学校で問題を出され、答えを出す訓練を受けてきました。答えを出すことが優れている証だと思いがちです。

しかし、社会に出て求められることは、答えを出すこととは限りません。答えを論理的に出し、一つに定まった答えを導き出すのは、研究や学問です。仕事はそうではないでしょう。

仕事では、リスクがあふれる現実の中で、決めることを求められます。だから、私たちは質問を必要とします。決めるためには質問がなくてはならないからです。

本当に価値があるのは、的確な質問、つまり意思決定を促す質問を出すことです。

(2)スマホのAIは質問しない

試しにスマホに搭載されているAI(iPhoneのSiri)にたずねたことがあります。

人間「私に質問してください。」

AI「それは私のセリフです。」

人間「私に質問してください。」

AI「それより、あなたが質問してください。」

人間「質問を考えてください。」

AI「すみませんが、それはできません。」

最近はAIが劇的に進歩しました。そのため、AIが人間の知性に匹敵するようになったら問題だと言われています。しかし、今のところAIは人間に向けて質問しません。AIは答えることに特化しています。

人間がAIにまさるとしたら、的確な問いを出すことではないかと思います。AIに負けたくなかったら、問いを出す練習をした方がよさそうです。ここで「質問」と言わずに「問い」と言うのは、もっと内面的な知性の働きに焦点を当てたいからです。

(3)問いは未解明の知性

学校の試験では、答えは論理的に考えて出すものです。その解法は講義や教科書で学習します。すでに解法メカニズムが明らかになったことを学ぶわけです。

ところが、問いがどこからどうやって出るのかは、論理的に考えてもよくわかりません。問いはふと不意に出てくるものです。

しかも、意思決定を促す的確な問いとなると、そう簡単には出せそうにありません。リスクをとっても悔いが残らないほどの「熟意」は、単なる素朴な疑問が生み出せるものではありません。

問いはその発生メカニズムが、まだ未知のベールに包まれていると思います。問いの根源が未知なら、的確な問いを生み出す人間には付加価値が生まれるでしょう。全てのメカニズムが解明された能力は模倣可能ですから価値は徐々に減少しますが、未知の能力を用いる人材は希少性が高いはずです。

試しに、質問力をテーマにした本に目を通してみたのですが、的確な問いが出てくるメカニズムが解明されているわけではなさそうでした。ここでメカニズムまで解明できませんが、実りある質問とはどういうものかを、次に考えてみたいと思います。

 

3 実りある質問とはこれ3つ

(1)相手の知らない問いを出す

初対面だったら「知らないから教えてください」という質問をしてもよいはずです。しかし、それだと自分は物知りになれますが、答えた相手には実りがありません。

実りある質問をするには、相手の知らない問いを出す必要があります。そのためには、本人が何を決めていないかを知る必要があります。何を決めていないかは、なかなかわかりません。人間は多くの場合、何を決めていないかを知らないのです。大事なのは、自分が何を決めていないかをわかっていない状況に気づくことです。言ってみれば「無意の知」こそが課題です。

(2)決めるための選択肢を示す

決めるには、本当にやりたいことを本人がはっきりさせる必要があります。選択肢があると、やりたいことがはっきりします。私たちが知るべきことは、決めた結果より、決める前の選択肢です。

決めること自体はそれほど難しくありません。決めたつもりになることはなお簡単です。本当に難しいのは、適切な選択肢を並べることです。なおかつ、日々流されがちな営みの中で、決めるべき地点をずらさず、本人がその地点に居続けることです。

的確な問いは、問いを向けられた本人が、意思決定すべき地点に歩み寄る、あるいは立ち戻るためのものです。

決めずにうやむやにしてきたこと。あるいは決めつけて葬り去ったこと。ゴミだめに捨て去られた意思決定事項を拾い上げ、本人の前にもう一度選択肢を並べ直す。

的確な問いは、本人にとっては不都合なものかもしれません。都合がよくても、選択肢を並べなければ、やりたいことがはっきりしません。好き嫌いとやりたいことは別です。

(3)問題を取り組みに展開する

問いが的確であるなら、その回答は取り組んで返すものです。正解を言葉で言って済むものではないはずです。正解であれば、それは論理的に算出するものであり、意思決定するものではありません。取り組みが回答であるからこそ、的確な問いは意思決定を促します。

取り組みに展開された問題は、もはや観念的で沈滞したものではなくなります。行動的で開放的な希望に満ちたものです。困難ではありますが、勇気の沸いてくるものです。そして、自分は確かに大地に足をつけ立っていると実感するでしょう。

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4 最後に

(1)生きる実感

ポエタ自身が悩みの淵にいます。ここで書いたことは全部理屈でしかありません。本当のことは何も言えていない。「何か違っている」「何かを見落としている」「何かを決めそこなった」という漠然とした違和感を感じています。

問いを自分のものにしなければなりません。リアリズムを自分が実践しなくて何が言えるでしょうか。

しかし、今の感覚は不安感というものではありません。違和感です。なおかつ、本当のことは壁のすぐ向こう側にあって見えないだけだ、という気がしてなりません。だから、少し楽しみな違和感です。悩みというと少し大げさな気もします。

(2)まとめ

  • 本当に知らないのは何を決めていないか
  • 選択肢が並ぶとやりたいことがはっきりする
  • 的確な問いに対しては取り組むことを決める

ポエタ

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