課題の教科書

Critical Realism for All Leader

内田貴『法学の誕生』を読んで日本の法学者の現代的課題を考えた

こんにちは。ポエタです。

前も紹介した『法学の誕生』は、日本の民法改正に取り組んだ東大の学者の研究書です。

学問と実務の両方に身を置いた人に特有の問題意識が読み取れる興味深い内容です。

今回は、日本の法学者の現代的課題について考える実践編です。

目次です。

1 はじめに

この前、内田貴『法学の誕生』に沿って、穂積陳重(ほづみのぶしげ)が果たした日本の法学の近代化について考えました。

穂積陳重が法学者として民法典起草の課題で果たした日本近代化のリアリズム - 課題の教科書

内田貴は東大教授で、官庁で仕事をした後、東大の名誉教授になった民法学者です。この人は、民法の抜本改正に取り組んだ人として有名です。

学者でありながら改正実務にもたずさわった人なので、どんな動機で本書を著したのかについて興味がわきました。著者の課題の考え方を整理し、日本の法学者の現代的課題について考えました。

 

2 『法学の誕生』の仕事

(1)執筆の動機

『法学の誕生』のあとがきによると、著者の内田貴は、2002年頃から法学入門を書く構想をもっていたそうです。しかし、日本人はどのように西洋の法的思考を受容したのかを踏まえなければ、法学入門は書けないと考えていました。なぜなら、現代の法学への入門者が歩む道は、日本の近代化における法学受容と重なる道であると考えていたからのようです。

また、内田は2007年に東大を退職して法務省に移り、民法を大改正する役人仕事に転じました。そこで日本の法学の厳しい現状を目の当たりにしました。

 

「実務法曹、経済界、一般市民、官僚など、それまで私を「大学の先生」としてお客さま扱いしていた人たちと、立法という利害打算の渦巻く政治プロセスの土俵の上で折衝することになった。そこで私が経験したのは、学問としての法学への評価の低さと実務重視の姿勢だった。学問的理由による改正に対しては強い拒絶反応が見られた。」

内田貴『法学の誕生』筑摩書房、2018年、P.408)

 

この経験で、内田は「現在の日本にとって学問としての法学にどのような存在理由がある」のか、を強く問うようになりました。この問題意識を動機として、内田は「日本人の西洋法学受容の歴史の最初の時点で、「日本の法学」がどのようにして誕生したのかを、それを主導した人物に焦点を当てて辿ろうとした」と述べています。

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つまり、内田が当初想定した法学入門書は、日本の近代化のプロセス研究を重ね合わせて理論的な厚みを持たせる考え方で取り組むつもりでした。しかし、民法改正に取り組む中で、実際的な問題意識が積み重なり、現代日本における法学の存在理由まで問い詰める意識に変化したことがわかります。

(2)問題へのアプローチ

内田が立てた問題は、「日本の法学の存在理由とは何か」です。この問題を解くために、内田が取り組んだ課題は次のようなものです。

  • いかに日本の法学が生み出されたのか、近代化における法学受容の過程を明らかにする

『法学の誕生』では、穂積陳重(ほづみのぶしげ)とその弟の八束(やつか)の活躍を取り上げ、この課題に取り組みました。しかし内田は、この課題は、日本の法学の存在理由を探るための第一歩に過ぎないと言います。

 

「陳重たちが築いた基礎の上に、その後の日本人がどのような法学を発展させていったのか。この基礎の上に立ちながら、なぜある時期特異な法学が形成されたのか。また、明治期の法学受容と異なり、過去の否定からスタートした第二次世界大戦の法学は、陳重たちが受容した法学に何を加え、何を承継しなかったのか。その後の歴史の流れの中で、日本に受容された法学は、どのような役割を担ったのか。」

内田貴『法学の誕生』筑摩書房、2018年、P.361)

 

内田は、このような歴史的研究の成果として、「日本の法学の存在理由とは何か」という問題に答えを出すことを考えています。『法学の誕生』は、そのための第一歩だというわけです。

(3)内容の評価

『法学の誕生』では、明治期の法学者が、目の前の課題をどう考え、いかに取り組んだかを、同時代の目線でリアルに解釈しています。我々現代の日本に生きる者の目線が、過去の法学者の目線と重なる時、我々は、現代の諸問題すら歴史的な重みとともに感じる意識に変化します。

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内田が、明治の法学者の成果を単なる過去の遺物として標本解析するのではなく、今起きていることのように把握しようとする姿勢は、読者に意識の変革を促す効果をもっていると思います。

しかし、それだけで、「日本の法学の存在理由とは何か」という問題が解決したとは言い難い。もっとも内田は、本著は第一歩であり、最終的な解決ではないから、次なる研究が必要だと述べています。しかし、その後の日本の法学の変質や大戦後の断絶などの歴史的な経緯を検討することが、どのような目論見で問題解決に結びつくのか。その具体的な説明はなされていません。

では、問題解決のためには、どのように課題を設定し直す必要があるのでしょうか。

 

3 現代日本の法学者の課題

(1)課題を考える3軸

内田が『法学の誕生』で従事した仕事は、歴史的沿革の研究に終始しています。問題解決に直結する課題を考え出すためには、次の3つの軸で問題の位置づけを構成し直す必要があるのではないかと思います。

①歴史的な沿革

②現状の問題

③将来ビジョン

内田が本著で検討したのは、「①歴史的な沿革」のみです。しかし、そもそもの執筆の動機で大きなウェイトを占めていたのは、民法改正作業で直面した日本の法学研究への実務界における評価の低さだったのでは、ないでしょうか。

日本の法学の現状にどのような問題があるのか、という反省あるいは批判的検討がなければ、真の問題は出てこないと思います。

「日本の法学の存在理由とは何か」という問題は、研究のテーマであり知的好奇心の向かう先でしょう。改善の必要があるという意味での「問題」を具体的に明らかにしなければ、日本の法学の向かうべき方向は出てこないと思います。

日本の法学には問題がある、というスタンスを取りづらい立場なのかもしれません。しかし、あとがきで、司法制度改革の失敗を端的に日本の法学の失敗と位置付けた著者が、真摯な問題定義をしそびれるとは思いません。

あるいは内田は、あくまで学問研究の土俵において取り組める課題に絞り込んで問題を解決したい、という意思を示しているのかもしれません。しかし、本人が『法学の誕生』で明らかにしたのは、穂積陳重が理論家でありながら実務的課題に旺盛に取り組むリアリズムではなかったでしょうか。陳重は「法典論争」という政治性丸出しの社会情勢の中で、民法典起草に取り組みました。

ポエタは、陳重の業績を受け継ぎ民法の大改正に取り組んだ内田が、日本の法学の問題点を明らかにすることこそ、日本の法学が応えるべき時代的要請の真意を明らかにし、「取り組み」としての課題を的確に設定する条件ではないかと思います。

また、「③将来ビジョン」の発想も、本著にはほとんど出てきませんでした。研究テーマの考え方は一部述べられていますが、研究テーマはビジョン実現のための方法の一要素でしかありません。

「研究」の延長線上では、将来ビジョンは、なかなか出てきません。先に将来ビジョンを設定することが、課題の設定を不可避のものとします。

(2)「法的思考」で問題を解決する人材養成こそ課題

内田は、先ほどの引用の中で、実務家の学問に対する否定的な姿勢を目の当たりにした経験を述べています。しかし、理論と実務は対立しっぱなしのものではありません。どんな実務的要請も理論的な前提を必要とします。理論的前提を平素打ち固めるのが学者の役割です。

実務家が利便性や実益を重んじた融通の必要性を唱えたとしても、学者はなぜ理論的にはこうする必要があるのかを、論理的に示せば足ります。問答の結果、理論的前提を尊重しても、なお実務的な要請に応えられる部分を見つけ出す、法的思考こそが求められているのだと思います。

守るべきなのは、「学説」や「学界の権威」ではなく、「法的思考」ではないでしょうか。まさに『法学の誕生』で内田が指摘した通り、日本の近代化を通して受容した法的思考こそが、現代の日本に残る遺産でしょう。この法的思考とは、学説における言語の異同にこだわる作業のことではないし、神話と化して触ることもできない権威でもありません。

法的思考は、往来交通の激しい現代の要路において、とっさに示す手旗信号のようなものではないか。法的思考とは、法学者が示す対人・対社会への適応として、もっと機敏で融通の利くものでしょう。

ただし、「もっと法学者が実務的になれ」と言いたいのではありません。重要なのは、法学者とは何かです。明治国家の課題は、西洋にも伍する水準の法的思考を身につけた法学者を養成することでした。現代日本においても、「法的思考」を武器に世の中の騒々しい要求を捌(さば)ききる法学者の養成こそが課題ではないか。

内田は、『法学の誕生』の中で、そういう課題認識をにじませていたのではなかったか、と思いますが違うでしょうか。「法的思考」で、社会の様々な次元や領域の問題と向き合い、解決を導く法学者こそが、現代に求められる「法学者像」だと思います。

(3)見慣れた人との関わり方を変える

現代が求める法学者を養成するためには、「教育」「研究」「大学運営」などの領域で個別の課題が出てくるはずです。講義のスタイル、ゼミ制度、論文指導、研究テーマの選定、社会への発信、行政との関わり、大学財政等。これらの領域で「取り組み」は数え切れないほど出てくるのではないでしょうか。単にどういうテーマを研究するか、ではありません。それは方法の一つです。

陳重が発揮したリアリズムの真骨頂は、単に学者の役割を研究という領域に閉じ込めなかったところにあります。陳重は、研究をベースとしつつ、様々な社会的要請に答えうる人材像を自ら確立したのだと思います。これが明治国家の取り組んだ課題の成果の一つでした。

法学の基盤を打ち固め直すには、研究テーマの設定とか制度改革とかに尽きるのではなく、「人」の問題に取り組む必要があると思います。つまりそれは、法学者が目の前にいる見慣れた人との関わりを今から変えていくことです。

 

4 最後に

(1)リアリズムの普遍性

リアリズムは語って終わり、ではありません。また、リアリズムは特定領域でせき止められるわけでもありません。リアリズムはいつまでも続き、どこまで行き渡るものです。

陳重がそうだったからといって、「学際的な研究を盛んにしよう」「リベラル・アーツの重要性を言いふらそう」という主張を散りばめても、ほとんど何も変わらないと思います。

リアリズムとは壁を打ち壊した先に広がる景色です。さらに言うと、壁を壊す前に向こうの景色を想像する力です。想像しなければ壁を壊す勇気は湧いてきませんから。

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「①歴史的な沿革」だけを調べても課題は出ない、とか言いました。ところが、ここまで書いてくると、『法学の誕生』で述べられた歴史的経緯を振り返るだけで、いろいろ課題を考えることができました。

思考の活性化を促す研究に敬意を表したいと思います。

(2)まとめ

  • 『法学の誕生』は読者にリアルな目線をもたせる
  • しかし、課題の出し方が弱い
  • どんな問題も「法的思考」で解決する法学者の養成が課題
  • 結局、思考を活性化してくれたので著者に感謝

<主要参考文献>

内田貴『法学の誕生』筑摩書房、2018年

ポエタ

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