課題の教科書

Critical Realism for All Leader

【静思寸言1】東大の学者が穂積八束を再評価する時代になりました

こんにちは。ポエタです。

この一ヶ月間、更新頻度は週に3回、月水金のパターンが定着しました。

書くペースがつかめてきたので、それ以外の日も、何らかの情報発信をしたいと思うようになりました。

「静思寸言(せいしすんげん)」と題して、徒然に思ったこと、考えたことを書きたいと思います。

生意気なタイトルですが、書きながら名実のバランスを調整したいと思います。

 

明日の14日の投稿記事のタイトルはこれです。

内田貴『法学の誕生』を読んで日本の法学者の現代的課題を考えた - 課題の教科書

前に穂積陳重(ほづみのぶしげ)のリアリズムを論じました。

穂積陳重が法学者として民法典起草の課題で果たした日本近代化のリアリズム - 課題の教科書

この記事を書いた時の参考文献が、『法学の誕生』です。

この本を読んだ感想がてら、日本の法学者の課題について思い巡らしました。

陳重の記事では取り上げなかったのですが、陳重には穂積八束(ほづみやつか)という弟がいます。八束も戦前の法学者で、専門は憲法でした。

この八束という人が、極めて特殊な保守思想を唱えた人で、今では省みられることなく、学界では、半ば奇異なる人という扱いをされています。

内田貴という人は、東大の学者ですが、『法学の誕生』で、今では「奇異なる人」となった八束を取り上げ、その問題意識なり法的思考を、本人の視点で語り直し、再評価しています。

ポエタは、これを読んで、正直驚きました。

東大の学者といえば、学界でも正統と目される存在の人が、過去の戦争を呼び込む要因となった国粋主義の流れにくみする人物の業績を、ある意味肯定的に捉え直していることです。

もちろん、いろんな限定詞をつけた上での再評価ではあります。

この本を読むと、そういう論考を書かずにはおれない切迫した動機がある理由が書かれているのがわかりました。

内田本人は、リアリズムという言葉は使っていません。

しかし、この本を読むと、内田は、穂積兄弟の課題への取り組みを再考することが、今の時代の法学の課題への取り組みにもつながる第一歩である、という基本線を辿りながら書いていることがわかります。

内田は、法学の存在理由を明らかにしたいと考えています。「存在理由」は「存在意義」と読み替えることもできます。つまり日本の法学にどのような社会的意義があるかを考える伏線があることを薄々察することができます。

そこにリアリズムに等しい危機意識を感じました。

内田は、官庁で役人仕事をした人です。民法の改正作業に取り組みました。そういうお国がかったところのある人です。東大の学者が、日本の法学の社会的意義を問うところに、時代の移り変わりを感じます。

単なる知的好奇心で学究していればよい、というおおらかな環境ではないのかもしれません。よしあしは別に考えていますが。

明日の記事では、内田の論考をもとに、では日本の法学者の真の課題は何かを独自に考えてみました。勝手を言いますが、内田の課題設定は不徹底だと思います。しかし、真なる課題は、内田の的確な論考を論拠にして立ち上がります。

その意味で、内田の論考には意義があったと思います。

八束そのものには触れませんでしたが、詳しくは明日確認してみてください。

ポエタ

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