課題の教科書

Critical Realism for All Leader

ペリクレスはペロポネソス戦争の追悼演説で課題の目星はつけなかった

こんにちは。ポエタです。

今回は事例編です。

目次です。

1 はじめに

古代ギリシア世界の盟主アテネは、ペリクレス時代に最盛期を迎えました。ペリクレスはライバル国であるスパルタとのペロポネソス戦争を指導した政治家です。

この戦争が始まって1年が経過した年の冬に、ペリクレスは、戦没者の追悼式で演説しました。名文で名高い演説ですが、よく読むと、ペリクレスの課題に対するスタンスが表れています。

一つには、ペリクレス自身の課題認識です。もう一つは、ペリクレスアテネ市民の課題にどう向き合ったかです。ペリクレスは、演説の中で、アテネ市民の個々の課題について、なんでも目星をつけるスタンスはとりませんでした。今回の記事では、ペリクレスの指導者としての思考ロジックを見ていきたいと思います。

 

2 ペリクレスが追悼演説で意図したこと

ペリクレス戦没者追悼演説は、流麗な文句でアテネ民主政の理念をうたいあげる名文です。演説を読んだ我々は、現代に通じる民主政が、遠く古代において見事に発達していたことに正直驚きます。そして、その理念的価値に賞賛の的を定めたくなります。

しかし、ここでは、演説の歴史的価値を褒め上げることはしません。まず、政治家ペリクレスが、追悼演説を手段とし、どのような政治的意図を働きかけたか、を考えたいと思います。

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塩野七生の『ギリシア人の物語Ⅱ民主政の成熟と崩壊』(新潮社、2017年)に収められている演説文を参考にして進めます。

(1)都市国家アテネの政体の特徴

ペリクレスの追悼演説では、都市国家アテネの政体の特徴が述べられます。まず、アテネの政体は、他国を模倣したものではなく、アテネ市民が独自に創り上げたものである、と述べます。これこそが民主政(デモクラツィア)であり、少数者ではなく多数者が決する政治です。

また、市民の権利の平等、そして完璧な自由が保証されるのだと述べます。外国人にまで門戸が開かれていると言います。

アテネでは、法や慣習、あるいは過酷な訓練によって強制されて出来上がった習性ではなく、各人が経験の中で独自に築き上げた行動原則こそが、試練に対処するための基軸となるのだと説明します。

そして、現在のアテネの栄光と繁栄は、これら各人による成果によって成し遂げられたのだと強調しました。

アテネ民主政体は、富の追求を軽蔑しません。富の追求を、自己の可能性を追求する価値あることとして尊びます。そして私利の追求すら否定しません。なぜなら、私利の追求は公的利益への関心を増すことにつながるからです。また、私利を追求する上で培った能力は、公的利益を実現することにも用いることができます。

アテネにおいては、市民に公的な職務が開放され、それには政治への関心を促す狙いが込められます。

ペリクレスは、アテネの政体をこのように次々と列挙します。確かに、我々は、古代において発達した民主政体のあらましを聞いて、驚きます。しかし、これらの特徴は、アテネ市民にとっては、いつも眼にする当たり前すぎるもののはずです。当たり前のことを、あえて強調したペリクレスの狙いはどこにあるのでしょうか。

ペリクレスは、アテネ政体の特徴を列挙した後、こう述べます。

「これが、諸君が日々眼にしている、ギリシア人すべての学校と言ってもよいアテネという国である。戦没者たちは、このアテネの栄光と繁栄を守るために、その身を捧げたのであった。」

ポエタは考えます。これらの特徴はいわば、当たり前のことだったかもしれない。しかし、アテネ市民は、当たり前すぎることであるが故に、普段からめったに順序立てて言葉にすることはなかったでしょう。集団の理念や共通の価値は、当たり前すぎて、日常の会話ではあえて言葉にはしないものです。その当たり前のことを、ペリクレスが言葉にして述べることに意義があったのだと思います。なぜでしょうか。

特に演説の場面は戦没者の追悼式です。ペリクレスは、ここで、戦没者を慰霊し、遺族を慰撫するために、ギリシア世界の政情や目先の出来事を細かく述べたりはしませんでした。そんなことよりも、人々の生活の根底を支える基本中の基本を、意識の表に浮かび上がらせました。そのことによって、参列者に対して、戦没者尊い犠牲の本質に気づいてもらいたかったのだと思います。

(2)国家として報いること

ペリクレスは、アテネ政体の特徴を列挙した後、戦没者の犠牲に対して国家が報いることを3つ述べます。

  • 戦没者の犠牲を心に留め続けること
  • 戦没者の遺児たちの養育を経済的に保証すること
  • 戦力増強と市民の変わらぬ日常の継続に全力を傾けること

ここで、ペリクレスは、指導者としてアテネ都市国家の現下の意思を明らかにしたわけです。特に、3つ目の「変わらぬ日常の継続に全力を傾ける」には、遺族の心を戦没者の魂につなぐ意図がこめられていたと思います。戦没者は家族の変わらぬ日常を守るために戦ったのだという意義付けです。そこに照準を定めながら、日常の継続には戦力増強が並列されています。

演説はここに至って、戦力増強を図りながら戦争を継続したいペリクレスの意向を示唆しています。遺族の反発を誘発せずに戦争続行の正当性を生み出そうとする、政治家ペリクレスの腐心が見てとれます。

(3)名目は追悼、狙いは求心力

ペリクレスの演説はペロポネソス戦争の1年目が終わった時点での、戦没者追悼式で行われました。名目上、演説は、戦没者の追悼であり、遺族への慰撫であったでしょう。

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しかし、ペリクレスは、形式が重んじられたであろう式典において、政治の実を得ようとしています。まず、遺族が戦争への反対を叫ぶ声をあげないように言葉を選んでいます。そして、今後もペロポネソス戦争が継続することを、同じ演説の中で示唆し、戦争の本義を克明にするという芸当をやってのけたわけです。

ペリクレスは、戦争によって国がバラバラになるリスクをおさえながら、戦争継続を確かなものにする両にらみの狙いを、この演説にこめていたと思われます。

 

3 ペリクレスの課題に関する思考ロジック

(1)アテネで完結する指導理念

ペリクレスは、人命の喪失を伴う戦争を、なぜ継続するのか、というアテネ市民の正直な問いに答える必要がありました。ペリクレスは、先人の優れた行動原則が築き上げたアテネの繁栄を守らなければならない、という趣旨を伝えようとしています。これは戦争の大義名分です。なおかつ、戦争に勝利するための手段の源は、各人が備えるアテネ固有の行動原則に他ならないわけです。ペリクレスは、一重に「アテネ」という国家に全ての価値を凝縮させています。凝った言い方をすると、アテネは目的であり手段ともなっているわけです。

ポエタには、ペリクレス保守主義的な意図をもって演説を展開しているように思えるのです。そして何より、そのロジックの根底では、自由というリベラルな価値観が演説の支えになっています。ここに、ペリクレスの一筋縄ではいかない、政治家としての老練さが垣間見えます。今風にいえば、自由には責任が伴う、でしょうか。

(2)あえて課題に目星をつけない

なおかつ、この演説文を読む限り、ペリクレスは、アテネ市民が取り組むべき具体的な課題を述べていません。指導者としての意思を方針にして述べているくだりはあります。しかし、課題の目星には触れていません。要するにこれをやれば勝てる、とか実戦については言っていません。

戦争の計画を大っぴらにしないのは、ある意味当然かもしれませんが、アテネ市民に対して、これをやれ、あれに気をつけろ、と言わないのはなぜでしょうか。

ペリクレスは、演説の狙いを追悼と戦争の正当化に絞ったのかもしれません。ポエタが思うに、ペリクレスが演説に組み込んだ思考ロジックは、次の3点だと思います。

  • こういうアテネだから、守る価値がある。(正当性)
  • こういうアテネだから、戦争に勝つ実力がある。(可能性)
  • よって、課題は、市民各人の行動原則によって目星をつけよ。(自発性)

おそらく、ペリクレスは、アテネ市民の課題の目星は、市民自らが主体的に見つけてほしかったのだと思います。そういうペリクレスのスタンスは、指導者として無責任ではないと思います。なぜなら、アテネはそういう国なのだということは、演説の趣旨から明らかだからです。

(3)自発性の意味は広い

ただし、ペリクレスは、その後、ペロポネソス戦争中に死去します。戦争は泥沼化し、アテネは衰退の一途を辿ることになります。ペリクレスの願いも虚しい。

果たして、ペリクレスは、指導者として、個々のアテネ市民に対して、課題の目星をつけてあげなくて本当によかったのでしょうか? それとも課題の目星はつけず、発破をかけるだけが指導者の役割でしょうか。

この演説文を読むだけでは、この論点に答えを出すことは難しいでしょう。他でペリクレスが何を言っていたか知れないからです。

ただ、ペリクレスの追悼演説を読む限りでは、課題が二つの階層に重なって見えてきます。一つは、指導者としての課題。もう一つはアテネ市民の課題です。

ペリクレスは、演説文において、自身の指導者としての課題を3つに置いていると思います。

  • 正当性を付与する
  • 可能性を広げる
  • 自発性を促す

一方、ペリクレスは、この演説では、国民の課題に目星をつけてあげていません。ペリクレスは、「自発性を促す」という指導性の発揮において、国民に課題の目星をつけてあげた方がよかったか、目星はつけずに主体性に委ねた方がよかったかは、議論が分かれるでしょう。ポエタは、国民本人の自発性が伸長すれば、どちらでもよいのだと思います。

次の項目でペリクレスの追悼演説を引用します(参照元が全文掲載ではないようですが)。この演説文は、様々な確度から批評できる、深みと幅を備えた政治的知恵の結晶です。あなたは、どんな課題を読み込みますか?

 

4 演説文(引用)

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5 最後に

(1)不器用な課題は巧みな手法にまさる

ポエタの自説を述べます。課題の目星で一番問題なのは、手法への傾倒です。指導者が課題に目星をつけてあげると、自ずと解決策となる手法が明瞭になってきます。すると本人は楽になる。そこで勘違いがおきます。手法へのこだわりです。言い方が難しいのですが、手法の目星がついた課題は、場合によって本人を停滞させます。

こういう不具合が起きるくらいだったら、手法の目星がついた課題は設定しない方がよいのではないか。本人が生みの苦しみを味わったとしても、不器用な課題でもなんでも自分で設定させたほうがよいのだと思います。ただ、そうするには本人の地力を信じる必要があります。本人が頑張らなかったら皆んなの乗る船は沈み始めます。リスクは大きい。

ペリクレスのように、どんな優れた指導者でも、最後は率いる人々の実力を信じ、人々が実力を発揮しなければ、その指導理念は生きてきません。その後のアテネの衰退は、この試練にアテネ市民が耐えきれなかったのだと思います。

ペリクレスの死後も、政治や軍事に巧みな人は多かったでしょう。しかし、ポエタの見解では、手法に巧みなだけで、全体観をもった課題設定ができない人が力をもってしまったのではないか。必要なのは巧妙な(手法の目星がついた)課題ではありません。必要なのは不器用でも正直な課題設定です。あんまり社会が成熟すると、あれこれ考えすぎて、当たり前のことが、できなくなるのではないでしょうか。不器用でも正直な課題なら、あとは成功の保証など求めず、頑張ってやるだけです。その苦闘の連続の中で、優れた経験やノウハウが培われるのだと思います。

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最近は努力論が軽んじられる風潮があるようです。社会が成熟し、巧者が多いせいでしょうか。こういう時代だからこそ、不器用でも正直な課題に取り組む勇気ある人間の登場が待ち望まれます。

(2)まとめ

ペリクレスの追悼演説は現代人にも感銘を与える名文である。

・演説文にはペリクレスの政治的狙いがふんだんにこめられている。

・参考にした演説文を読む限り、ペリクレスアテネ市民の課題に目星をつけていない。

・指導者は国民の自発性を促す狙いに基づき、課題の目星の要不要を都度判断する。

・巧者ではなく、正直者の努力家であろう。

ポエタ

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