課題の教科書

Critical Realism for All Leader

理解するのに簡単で考えるのが難しい課題の考え方をちょっとまとめた

こんにちは。ポエタです。

今回は理論編です。

目次です。

1 はじめに

これまで「課題批評」として、ブログを書いてきました。ここで、課題の考え方をいくつかまとめます。少しでもあなたのヒントになれば幸いです。

 

2 課題は時間をかけて形成するもの

課題の考え方は、簡単なようで簡単でない、とポエタは思います。簡単でない、の意味は、課題を考え出すには一定程度の時間がかかるという意味です。言うなれば熟成期間です。熟成する間は、考え続けなければなりません。他のことに時間を費やしている間も、意識の底では気にかけている状態を、一定期間続ける必要があります。

一定期間、頭の中に置いて熟成させると、混沌としていた頭の中で課題が像を結び始める時が来ます。課題思考の第一条件は持続力だと思います。

 

3 軸をいっぱい思いついて思考の場をつくっておく

このブログでは、軸の話をよくしてきました。ただ、最終形として綺麗に軸が設定できることはよいのですが、結果よりもプロセスが大事です。軸は、考える過程で、いっぱい思いついて、ぐるぐる検討した後は、いっぱい捨てるとよいです。

というのも、頭の中で、無数の軸を突き刺しながら思考を巡らすことで、思考がだんだんと立体的になるからです。奥行きをもった思考の場が出来上がると、入ってくる情報を多面的に評価できます。すると、思わぬ情報に触れた時に、一度は捨て去った軸をふと思い出し、課題の決め手になることがあります。

 

4 どうせ煮詰まる、その時に見方を変える

「現状を調べて、そこで起きている問題を整理して、その問題にそれっぽい(問題の文言を課題の表現に言い換えただけの)課題をあてがって終わり。抜本的な解決の見通しは立たないまま、あとは課題解決策に全てを委ねる。」このパターンだと無限ループに入り込むでしょう。

現状の問題を文言だけ整理しても煮詰まるのは当然でしょう。というのも、課題は「言葉の問題」ではないからです。問題の言葉尻を通りのよい課題の表現に言い換えても、それは問題を解決する見通し付けにはなりません。

課題の考え方は、「見方を変えて狙いをつけること」だと思います。「見方を変える」というのは、謙虚になることです。具象的に物事を考えることです。あるいは、「今ここ」に在ることに直接感覚を向ける意識を確立することです。

課題は問題の客観的解答ではありません。課題には「狙い」が必要です。「狙い」とは、客観的かつ公正な論理ではなく、根拠のある意思だと思います。

ありふれた言い方になりますが、「見方を変える」にしろ「狙いをつける」にしろ、要するに「正直になろうよ」という投げかけを、自分のものにできるかどうかだとポエタは思っています。正直になるとは、好き嫌いに関わらず、全ての物事にヒントを見つけることだと思います。

 

5 頂点から始めて、足元にまで降りる

人間は、観念的になりがちな生き物です。目的とか理念が大好きです。ポエタは目的や理念は絶対に必要だと考えています。しかし、目的や理念から演繹的に論理展開しただけでは、課題は出てきません。

全体を俯瞰して見れば、ほんのごくわずかな切れ端でしかない物事に目を向け、思いきって、その卑小な存在に成りきって考えを進めてみることが大事です。

あなたの仕事上の隣人は、網羅性とか全体観が好きそうな人に見えるかもしれません。しかし、ぼうっとした全体観だけ議論しても課題は出てきません。もちろん、全体観から始める必要はあります。しかし頂点から見始めて、足元に偶然転がっている不細工な小石にも手を触れなければ、課題は出てこない。ポエタはそう考えます。

 

6 自分を他人の目で見る

ポエタは、心なしか、他人の課題はよく見える気がします。他人の噂話をしている人は、基本的にそうだと思います。多くの人は、他人の課題なら鋭くえぐり出して、核心に迫る批評ができるんです。

しかし、自分の課題を語ることが難しい。だったら、自分を突き放して、自分に激しく突っ込みを入れてみてはどうでしょうか。

自分に対して疑心暗鬼になるという意味ではありません。前向きに、「もっと大きなイメージで取り組めば良いのに」「そっちばかりでなく、こっちもやってみればいいのに」という他人だったら思うであろう、正直な感想を自分に対してもつことです。

ポエタは考えます。課題が見出せない状態というのは、必ずしも難局ではない。本当の課題は、気づいてしまえばなんてことはないものだったりします。しかし、人間は妙なもので、その簡単なことがわからない。これを会得するために、長い時間をかけ、思考を昼夜にめぐらし、具象に目を凝らし、正直の意味を問い続ける、という回りくどいことをしなければならないのです。

 

7 見たくない裏側を探す

的確な課題の発見は、それ自体、本人の成長を意味します。自分の見たくない現実を見ることに他ならないからです。しかも、そのことが救いに直結するのだと思います。

しかし、他人から課題を言われたら、たいていの人が反発を覚えます。見たくない現実を突きつけられた気がするからです。しかし、その現実に目を向け前に進むことが、自分の救い(あるいは幸福)につながっていることに気づける人は、そう多くないでしょう。

かく言うポエタも、自分の課題は何か、本当のところは多分わかっていない。不都合な現実に目を閉ざしているのかもしれない。この記事で並べた課題の考え方は、全部自分ができていなかったことを書いているだけです。

課題に完璧な完成型はないと思います。課題は常に人間の裏側を支えるものだからです。自分の表側にひっぱり出して課題を明るみにしたら、もっと奥深い課題は、自分の裏側に回り込んでいます。

要するに生きるということはそういうことです。善く生きることが、課題の追求なのだと思います。

ポエタ

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