課題の教科書

Critical Realism for All Leader

日曜日は仕事で成長するための課題の宝庫である理由を考えた

こんにちは。ポエタです。

今回はコラムです。

目次です。 

1 はじめに

日曜日。多くの人にとって、魅力的な輝きを放つ言葉です。日曜日は仕事とは対極を占める、自由と喜びを象徴する曜日です。

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ですが、ポエタは、日曜日は、仕事と密接な間柄にあると思います。そして、日曜日の過ごし方こそが、仕事のやりがいと直結する重要な鍵だと思います。

今回の記事では、「日曜日」をテーマに、課題について語りたいと思います。

 

2 日曜日の定番

仕事のある人は、せっかくの日曜日は羽を伸ばしたいと思うでしょう。日曜日の朝日に包まれた目覚めは何ものにも代えがたい贈り物です。朝早めに起きて、新鮮な空気を吸って、まだ人通りの少ない街中を散歩して、ゆっくりめに朝食をすませ、一週間のニュースをチェックしたりする。何とも言えない充実感にあふれる瞬間です。

昼下がりの時間帯になれば、どうでしょう。晩御飯のことを考えると、ふと明日は月曜日だということに気付きます。日の沈む町の景色を眺めながら、かけがえのない休日の思い出を噛み締め、仕事する身の上の無情をひしひしと感じとります(明日は祝日なのでよかったですね)。

そして、重要な問題があります。「今週の仕事の進め方はノープランじゃないか?」「何の構想もない状態で出社して、上役や同僚のツッコミに耐えきれるのか?」「ああどうしよう・・・」

ポエタは考えます。幸福に始まり悲劇に終わる日曜日の過ごし方には、何か問題があるのではないか。日曜日の午後の憂鬱は、仕事をしたくないことが原因でしょうか? いえ、それは違うと思います。日曜日の朝が充実しているのは、それまで一週間ちゃんと仕事したからです。日曜日の朝に味わう至福のひと時は、ある意味において、仕事から得た報酬に違いありません。なのに、日曜日の午後はこんなにも憂鬱なのです。

日曜日を希望とともに終えたい。ささやかな願いです。実は日曜日は、仕事する上で課題の宝庫なのではないか。つまり、勇気をもって仕事に取り組むための貴重な曜日が、日曜日なのではないか。そう考えた理由を述べます。

 

3 日曜日が課題の宝庫である理由

(1)業務から離れた時の方が課題がよく見える

仕事中は、目の前のことで頭がいっぱいになります。「明日の報告までに、とにかく作業をやり終えよう」「午後の打ち合わせをどう進めよう」いろんな詳細な要素を頭の中に叩き込みながら、トラブルが起きないように注意して、つつがなく仕事を進めることに神経をすり減らします。

しかし、そういう時は、その仕事の本質部分を客観的に考える意識が、どっかに飛んでいってしまっています。意識的に全体のことを考えようとしても、仕事中に視点を切り替えることは、なかなか容易ではありません。

そういう場合、帰宅途中に歩いている最中、あるいは土日の自宅で家事をしている合間に、ふと新しい着眼に気づくときがあります。大局的に考えるモードは、全体の重要な大きな要素だけを頭の中のボードに置き並べて、ごく単純な論理が成り立っているか否かを検証することで、立ち上がります。大きな要素だけおき並べると、実は、気づかなかった大きな要素が抜け落ちていることがわかってきます。

そうすると、こんな細かい作業にこだわっている場合じゃない、と気づきます。それで週明けからは、予定を軌道修正して、この課題に優先的に取り組もう、という勇気が沸いてきます。最早「憂鬱だ」とか言っている気持ちは、雲散霧消するでしょう。

(2)物事を中長期で考えるチャンスになる

よく、「先を見て動く」と言います。しかし、ただ単に目先で起きようとしていることに合わせて動いても、仕事は面白くありません。その程度では、主導権をとれないからです。

また、単に将来を予測しても意味はありません。真っ先に動かなければならない。それも他人と目線が合っていないと、いろいろなあつれきを生みかねない。目線合わせをしながらも、先を見て布石を打つ行動ができると、だんだん仕事にノリが出てくるでしょう。

土曜日は一日遊んだとしても、日曜日は自分の仕事の中長期先を見据える機会にできます。何度も言うようですが、それはスケジュール帳で、将来の予定を確認することとは違います。どこで誰がどんな仕事の蹴りをつけるかです。その場面が具体的に想定できていると、狙いをもった仕事ができ、だんだんと主導権が手近に寄ってくるでしょう。

これを思い巡らす時間をもつことができれば、日曜日は仕事の終着点に向きあう日となり、希望のわく時間帯で埋め尽くされるでしょう。

(3)日曜日に取り組む課題は何か間違っている

土曜日が仕事上の課題で一日つぶれたぐらいなら、まだ何とかなります。しかし、日曜日までぶっ続けで仕事の課題に取り組む日々が続くのには、何か問題があります。その課題に取り組むな、という意味ではありません。ポエタの経験上、土日も休みなく働き続ける仕事には、どこか改善すべき点があるはずです。

しかし、一生懸命仕事に取り組んでいる自分としては、「何か問題がある」ということに気がつきません。「仕事とはそういうものだ」「頑張って成長しよう」と精神論で片付けてしまう人も、多いのではないでしょうか。

ポエタは、仕事をさぼれと言うつもりはありません。ですが、長時間労働には、仕事の根本的なところに不具合が潜んでいる可能性があります。上役との意思疎通がうまくいっていない、同僚との役割分担が偏っている、あるいは顧客のニーズの確認が不足している、などです。

あるいは、自分は熱心に業務に取り組んでいるつもりでも、心理的に何かに逃げ込んでいるだけかもしれません。例えば、本質的なことを考えるのをやめて、作業でごまかしている。

働き方改革で、業務時間の短縮を図ろうとする会社は増えているようです。しかし、長時間労働に潜んでいる問題を、単なる強制退社のルールづくりとか、人事制度上のインセンティブを設けるとか、制度上の解決策に流し込んでも、しわ寄せがひどくなり、会社として成り立たなくなるかもしれません。

長時間労働には、本人あるいはその周りの人間の仕事上の問題が潜んでいるはずです。そこで、長時間労働の問題を、本人の成長のための課題に置き換える発想が必要です。働き方改革は、必ずしも育成と矛盾するものではないでしょう。働き方改革は、長時間労働が覆い隠している本人の仕事上の問題点を明るみに出す機会です。

昔ながらの考え方では、若い社員に長時間労働を課すことで、成長させました。ポエタは、ある意味では、それも一つの育成の考え方だと思います。というのも、長時間労働が続けば、若手はもっと生産的に仕事を進める術を必死に覚えるからです。

ただ、それでも、大事なポイントは、長時間労働が永続すべき適正な状態であるとは言えない点です。長時間労働で鍛えられた若手は、いずれは長時間労働に頼らずに仕事をし終えるスキルと経験を持つ人材に育って当然です。

長時間労働の是正は、育成の否定ではなく、育成の機会を何に求めるかの考え方の転換を迫るものです。長時間労働を一つの問題として認め、その状態の是正が育成力学として働くための課題設定が本質的に重要です。本人が成長するための課題が浮き彫りにならなければ、長時間労働を是正することはできません。是正しても、仕事から逃げて終わりです。

土日も仕事に没入する状態は、普通ではない。しかし、成長のための課題が明確にならなければ、そこから抜け出すことができないのは、今も昔も変わりません。長時間労働の是正は、人材の成長を対価として受け取ってこそ為し得ることです。

 

4 最後に

(1)日曜日を制する者は仕事を制す

要するに、日曜日が充実しているか否かは、仕事が充実していることの隠れたバロメーターではないかと思います。多分、多くの人にとって、仕事がめちゃくちゃ危うい状態にあるのに、日曜日のレクリエーションを心の底から楽しむことはできないだろうからです。

充実した日曜日をおくるには、仕事で成長する必要があります。自分の課題が明確である必要があります。日曜日を制する者は課題を制す。

そして重要なことは、今取り組んでいる仕事に問題が潜んでいたとしても、すぐには解決しないかもしれない。今後、数ヶ月、数年かけて是正されていくものかもしれません。というのも、人の成長というのは、結構ゆっくりだからです。

あなたの日曜日の悩みは、壮大な未来の始まりかもしれません。大きく視野をとって、眺め回して見ましょう。日曜日の朝日が兆す希望は、決して我々の期待を裏切るものではない。そうポエタは思います。

(2)まとめ

  • 日曜日は希望とともに始まり、憂鬱とともに終わる
  • 日曜日は、業務から離れることで、より広い視野で仕事を考えるチャンスを得られる
  • 日曜日も目一杯仕事をする状態が続いたら、成長の課題を真剣に考える時機である

ポエタ

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