課題の教科書

Critical Realism for All Leader

ルネ・デカルトが示した決断力の重要性と悠々自適への願望

ルネ・デカルト(1596−1650)。再三再四、この人について論じてきた。デカルトは、結構奥の深い人である。デカルトは、あんまり職業じみた人ではないようでありながら、実は生活者としての信条が発達している。不決断、というキーワードで振り返ると、デカルトは、面白いことを言っている。

「かれらが森の中で道に迷ったならば、もちろん一か所に立ちどまっていてはならないばかりでなく、あちらこちらとさまよい歩いてはならぬ、絶えず同じ方角へとできるだけ真直ぐに歩くべきである。」(デカルト方法序説』落合太郎訳、1994年、岩波文庫、P.36)

一度決めたら、フラフラと横道へ逸れてはならない。不安に負けてはならない。デカルトは、雄々しく断言する。デカルトは、ただ単に断言するのみならず、続けて理由を述べる。

「たとえ最初にかれらをしてこの方角を択ぶに至らしめたものがおそらく偶然のみであったにもせよ、薄弱な理由のゆえにこれを変えてはならない。なぜなら、このようにするならば、彼らの望む地点にうまく出られぬにしても、ついに少くともどこかにたどりつくであろうし、それはたしかに森の中にたたずむよりもよかろうから。」(デカルト方法序説』落合太郎訳、1994年、岩波文庫、P.36) 

この実務家じみた発言からは、青白い顔をした閉じこもりの学者肌の青年、という面影は浮かんでこない。人間が決然と行動に踏み切る時の清々しさの間に、きちんと合理的な算段をさし挟むことができる、成熟した大人の表情が見える。

しかしながら、デカルトは、紛れもない隠遁者の性格を備えた人物だ。もう一つ、デカルトの手紙から一節を引こう。

引用始め>>

「よく隠れた者がよく生きたのだ(bene vixit,qui bene latuit)」(中略)一六三四年四月、日附不明、全集本第一巻、二八五頁−二八六頁、参照。

>>引用終わり

(前掲書、P.183、訳註 第三部(五四)) 

この訳注をつけた訳者によると、デカルトは、安静第一の生活を希望していたそうだ。デカルトは、最期は、王族への早朝講義の無理がたたって、五十四年の生涯を終えたと言われている。体力的に問題があったとすると、デカルトは、健康溌剌たる偉丈夫という感じではなかったのかもしれない。デカルトは、その代表的著作の中で、理想的な生活についての本音をにじませている。 

「そうして、この世において最も尊敬せらるべき多くの栄職を私に授けたもう人人に対してよりは、私をして悠悠自適せしめたもう人人の厚誼に対して、私はつねに一そう深い感謝を捧げつづけるであろう。」(前掲書、P.93)

デカルトは、頭がよかった。デカルトは、学問についても、実践的な部類の論点についても、優れた見解を示した。しかし、健康にはあまり恵まれなかったようだ。デカルトにとって、悠悠自適は、安逸をむさぼるためではなく、諸条件に鑑みた人生の最適解であったのでは、ないだろうか。

 

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