課題の教科書

Critical Realism for All Leader

ロレンスの罪と砂漠|除隊後の栄典拒否と心象風景

T.E.ロレンス(1888-1935)は、アラブの反乱を支援する任務を果たした後、空軍への入隊を希望した。偽名での入隊を試みたようだが、素性が露呈し、除隊している。完全に除隊した後は、隠棲状態になったようだ。この男の、当時の心象風景は、肉声では聞こえてこない。

ロレンスは、アラブからの帰国後、いかなる勲章の授与も栄職の打診も断ったそうだ。この男が著した自伝的著書『知恵の七柱』に目を通すと、冒頭で、任務中正気を失う理由を、砂漠の気象条件に結びつけている。時に残虐行為を働いたとされる身上を意識したのであろう。その婉曲的な説明は、見苦しく弁解がましいのではないか、と批判することもできる。しかし、何より社会的名声への道を峻拒した事実は、言い知れぬ虚無に立ち至った人間の一面をのぞかせている。

ロレンスは、一時期、現地で赤痢と思われる病に臥した。病臥の間、頭を巡らし、それまでの経験と知識を総ざらいし、戦術を見直した。新しく、大局を踏まえて考えた戦術は、具体的であり、かつ現実的だった。その効果的な戦術の妙を伝える考察はきっと世に多くあるだろう。

ロレンスが、ヒントを得たのは具体的事象であり、取り組んだのは具体的課題である。病の最中も、具体的事物は周囲に氾濫していた。引率する部隊中の人間同士でトラブルが起き、死者が出た。ロレンスは、現実の作戦遂行の都合と、指揮統率上の制裁の必要性を鑑みて、自ら加害者の戦闘員を処刑した。

この事実を聞けば、白衣の装束に包まれた紳士が、自らの判断で法によらず人を処刑するという異常さに、多くの人が畏怖する。この事実の残虐性を批判するとき、目の前に居並ぶのは、英勇的所業を成した人物の影に潜む罪悪と、もう一つ、戦争の現場で後を絶たない理路整然とした過ちである。この男は何度考え直しても、同じ判断をしたのではないか。違う判断をしたなら、違う過ちをしたかもしれないと言うのではないか。後悔しても仕方がない、と思い定めた男の前途には、もはや砂漠しかなかったであろう。砂漠は水も塵も血も跡形もなくする。 

戦争に完全な勝者はいない。ロレンスは、言い尽くせぬ虚無を抱えて英国に帰国したように思われる。そして自叙伝の執筆は、どんな栄典の拝受より確かな治癒法であっただろう。ロレンスが婉曲的に弁明した中で言挙げした砂漠の気象条件は、この男の帰国後の心象風景の言い換えではなかっただろうか。後悔がなければ、虚無を何に仮託して語ろうか。心の行き場をなくした男の唱える詩を聞く思いがする。

 

2018年9月24日改

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