課題の教科書

Critical Realism for All Leader

デカルトの「足るを知る」生活信条|哲学と生活を区別した理由

デカルト(1596−1650)。デカルトは哲学と生活を区別し、両者の間に障壁を設けた。デカルトにとって、哲学は、生活に害を及ぼさないように探求すべきものであった。安全策を設けて取り組んだ結果、身の回りの存在を、徹底的に、つまり日常的には非常識と言われてもおかしくないほど執拗に疑い、それでも疑えない存在として、自我を発見した。

デカルトは、哲学と生活を峻別し、哲学に没頭するための安全圏を設定した結果、哲学史上、未曾有の成果を勝ち取ることができた。そうでありながら、デカルトが自らの哲学上の成果を社会に報告した著作には、著者の人生観や生活感が、はっきりとにじみ出ている。 

「私の第三の格率は、運命に、よりはむしろ自分にうち勝とう、世界の秩序を、よりはむしろ自分の欲望を変えよう、と努めることであった。一般的にいえば、私どもの権力の埒内にそっくり有るものは私どもの思想だけである。」(デカルト方法序説』落合太郎訳、岩波文庫、1994年、P.37) 

デカルトは、生活信条として克己の思想を掲げているのである。自我の肥大化が、利己主義を増殖させる危険を念頭に置いていたのであろうか。なおかつ、この引用部分の続きで、デカルトは合理的な禁欲の思想を示している。 

「この格率はただこれだけで、自分には得らるまじきものを未来に得ようなどと、空しい欲望を起こさないために、つまり足ることを知れと戒めるために、十分であると私には思われた。なぜなら私どもの意志は生得的に、悟性が何らかの仕方で可能であると示してくれる事でなければほしがらぬように出来ているので、私どもの外なるあらゆる善きものがみな私どもの権力からひとしく遠いのだと考えれば、私どもの過失によらずしてそれらの善きものを奪われたのであれば、責任は私どもの出生に帰せらるべきで、私どもはさまでに口惜しいとは思わぬであろう。」(前掲書、P.37) 

足るを知る、の思想が明確にうたわれている。デカルトは、得られぬ物を欲しがる欲望など起こさぬ人間の生得的な能力を信じている。確立した自我は、理性あるいは悟性の力で律することを、克己の格率において命ぜられる。 

デカルトの自我を中心に置いた哲学原理は、ストイックな生活信条と結びついていて興味深い。これは、愛を精神的基調としたキリスト教的な道徳主義よりも、ストア派的な信条に近いのではないか。いくつかのデカルトの著書を読んだ限りでは、イエス・キリスト秘蹟を踏まえて哲学の中核的持論を展開した文脈には出会わなかった。見つけなかっただけかもしれないが、デカルトが哲学と本当に区別したかったのは、キリスト教社会に浸りきった中世的生活観念の方ではなかっただろうか。 

<参考記事>

欲を少なくすれば足るを知る|実践困難であることの理由|欲しいものは仕方がない - 課題の教科書

ルネ・デカルトの哲学原理|西洋近代合理主義哲学の権化|その課題設定とは - 課題の教科書

 

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