課題の教科書

Critical Realism for All Leader

ラファエロ《大公の聖母》|作品にこめられた「自然」を鑑賞する

ラファエロ・サンティ(1483-1520)。イタリア、ルネサンス期の画家。フィレンツェで画家としての名を挙げ、時のローマの権力者、教皇レオ十世に見出され、ほぼ三十七年の短い生涯において、数多くの名作を遺した。《大公の聖母》は、二十三歳頃の作品と思われるが、繊細優美でありつつ、荘重で成熟した技量を感じさせる。

ラファエロの人物画を並べてみると、共通点に気づく。優雅さの影において、個人の人間味が消し去られている。どの人物もが同じ霊的な光を帯び、肉体は単なる自然の入れ物にすぎない。その特徴は、宗教的な画題のみならず、現世の栄職者達の肖像においても徹底されている。 

ラファエロは映像記憶に優れていたと言われる。確か、本人が手紙で述べたことがある。美女を描くには、多数の美女を見なければならないが、大勢の美女は見られないから、美女のイデアを思い浮かべて、描くのだ。この画家は、個々の視覚映像を束ねて観念の中で鮮烈に発光させ、そのイメージを信じて本質を表現する。ラファエロの追求した自然は、具体的経験を精錬した果ての、一つの理想である。しかしながら、その作品は、理想化につきものの軽薄とはほど遠い、圧倒的な存在感をもって観るものに迫る。「自然」の意味は、時と場合によって様々に使い分けられるが、ラファエロにとって自然とは、対象物の内奥に宿る本質を顕現させる表現行為によって目の当たりにするものではなかろうか。この意味において、自然とは、人間が技術的に探求する対象の総称である。

ローマにおいて、ラファエロは、教皇レオ十世の委嘱によって、数々のプロジェクトを組織的に遂行した。ラファエロ本人は、描く画家というより、全体を引っ張る役割だったようだ。教皇の権力で当時の優れた芸術家、学者が広く招集され、ラファエロは、恵まれた人材と仕事をし、数々の見識を吸収し、作品に注ぎ込んだ。この過程でラファエロ独自の様式が確立されていき、その死後、プロジェクトに参加した芸術家は散逸したが、結果的にラファエロ様式が各地に広まった。権力と才能の幸せな結合が、美術の歴史を力強く前に押し出すことの、顕著な例であろう。しかし、権力は歴史という脈絡の域を常に出られないが、芸術は一個の作品としての独立した価値を、どんな文脈においてもはっきりと主張する。 

《大公の聖母》の背景は、黒く塗られている。作品の完成後、誰かが塗ったとされている。それが作品の尊厳をおかす暴挙だ、と感情的には言えないほど、この作品に描かれた聖母子の独立した完成度は、極みに達していたように思える。確かに、背景の黒は、自然現象としては起こり得ないことだろう。しかし、その不自然は、作品本来の自然とは矛盾しない意味の不自然、つまり人間の作為でしかない。聖母子の寓意的な本質は、背景の景色とは切り離されても、鮮やかに自然を差し出してくれる。それは、背景との対比に依存しない、聖母子そのものの独立した自然が、ラファエロの技術的作為によって成り立っているからではないだろうか。

ラファエロは幼くして母を亡くしている。聖母にこめられたイデアは、画家の幼き記憶に象られた母の映像の懸命の追憶であっただろうか。

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