課題の教科書

Critical Realism for All Leader

批評の書き方|例文とノウハウ|資料も知識もなくても書ける考え方

批評をどう書くか。なんでもいっぱい調べなければならないのか。立派な結論を導き出さねばならないのか。実はそうではない。特にいっぱい調べなくてもいい。大事なのは、何がわかっていないかを書くことだ。

例えば、こういう要領だ。現段階で、ここまでは知っている。これ以降は知らない。だから、こういう問いが成り立つ。なぜ問いたいか、理由はこうだ。これを知ることで、こんな景色が見えてきそうだ。興味ありませんか。以上。 

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そんなに難しいことではない。知ったかぶりをせずに書けばいい。かと言って、知らないことを卑下する必要もない。今、自分のいる場所を、正直にそのまま書けばいい。正直に考えていることを書けばいい。 

批評は知っていることを中心に書くのではない。知らないことを中心に、問いを並べるだけだ。もちろん、問いの合間に知識を挟むことはある。しかし、知識は添え物であって、売り物ではない。その程度の知識は、みんな知っていて当たり前だったりする。たいして感心もしないし、勉強にもならない。そんなことより、知らないこと、わからないことを、はっきり書いた方がよい。そして、問いが成り立っている条件が何なのか、をきちんと書けば、問いが引き立つ。知識の見世物より、こっちの方が重要だ。

 

「アラビアのロレンス」への問い|チャーチルとの知遇|バイク事故死 - 課題の教科書

 

この記事は、問いを中心に並べて書いた。間に合わせに、図書館の本を一冊、30分ほど読んだだけで書いた。要するにほとんど調べていない。知っていることには、限りがあるが、知らないことは無尽蔵にある。批評家として長続きしたければ、知らないことを主体にして批評を構成した方がよい。

批評を書くと、何かと答えを書こうとする。しかし、本当の答えは、そうそう書けるものではない。書ける!と言える人もいるのかもしれないが、私には無理だ。それが現実だ。答えを書くのではなく、問いを立てる。問題と答えがあったら、問題を出す方が大事だ。人間は、21世紀になっても、大したことは何もわかっていない。人生をいかに生きるか。この問いに答えを示せる人がいるのか。答えが無理なら、問題を出そう。その方が、現実的だ。批評としての現実主義(クリティカル・リアリズム)は、問いを立てることに主眼をおこう。 

私が、ここで取り組んでいるのは、課題批評、つまり課題を出すための批評だ。そのコミュニケーション・スタイルは、問題を出す、つまり、問いかけることにある。

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