課題の教科書

Critical Realism for All Leader

「アラビアのロレンス」への問い|チャーチルとの知遇|バイク事故死

T.E.ロレンス(1888-1935)。第一次大戦の頃の英国軍将校。イギリスと対立するドイツの同盟国たる、オスマン帝国に側面から打撃を与えるため、アラブ民族の反乱を現地で支援した。俗に、「アラビアのロレンス」とも呼ばれる。映画『アラビアのロレンス』以外に、ほとんど経歴に触れたことがない者としては、この男のことを書くのに、問いを並べる他ない。

ロレンスは、英国の国益を追求する職責にあったが、自身が戦術を立てて支援した部隊は異邦人達である。軍事作戦は、兵士が命を賭するに値するものでなければ成功は覚束ない。英国軍将校でありながら、アラブ人達の作戦遂行の動機を確かなものとするのに、どれほどの苦労があっただろうか。この男は軍人だった。軍人が政治的取引に加担したとすれば、その代償はきっと大きいものになる。しかし、政略的前提の乏しい軍略は、正しくても意味をなさない。軍事的作戦に究極的意味を与えるのは、政治である。この男は、元々矛盾で出来上がった任務を遂行するにあたって、政略的軍人となる矛盾を自らの身に加えたか、それとも政略なき軍略の危険に、その身をさらし続けたか。いずれにしろ、この矛盾に満ちた任務を終えた男に、その後、さらなる活躍に投ずることのできる、資源量はいかほど残っていただろうか。 

ロレンスは、退役後わずかにして、運転するバイクの事故で死亡した。四十六才だったと聞く。当時は大戦間期であり、まもなくナチスドイツの台頭がヨーロッパを揺るがすことになる。ロレンスは、ヒトラーとの直接交渉を担う話を持ちかけられ、昼食を約束する返電のために赴いた郵便局からの帰途、事故に遭遇したという。その後、第二次大戦の戦禍を首相として戦い抜いたチャーチルは、生前のロレンスとは知己であり、極めて高い評価を与えている。ロレンスは、使い古すにも、死なすにも惜しい男であったに違いない。この男の傍らに、未来の優れた英国指導者と、来たるべき国難が、両方控えていたのだ。ロレンスはなぜ、死ななければならなかったのか。 

ロレンスの写真を見れば、この男に英国式の軍服は似合わない。アラブ式の格好をして、短剣を腰に刺す方が様になる。この男は本当に軍務に人生を捧げたのか。それとも政略を含めた構想を描き、巧みに立ち回ったのか。堂々と異邦人の身なりをして、満足気な表情で写真に収まるロレンスは、仮装すらものにする男であったのではないか。砂漠の荒野を去り、隠棲した孤独な戦略家の頭上で、虚空にはどんな星が輝き、運命を司っていただろうか。

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