課題の教科書

Critical Realism for All Leader

勝海舟|江戸城無血開城の立役者の名言|全員を敵と思えば

この間、大河ドラマ西郷どん」の関連番組を見た。幕末維新の主要人物を取り上げて、論評していた。勝海舟が交渉術を鍛えた苦労話が、面白かった。勝はどんな急場でも沈着冷静に話をまとめたそうだ。勝は、要は全員敵と思え、がモットーだったらしい。確かに、味方がいると思えば、甘えるし、味方と思った人物が敵だったら、予測がつかないし、怒りたくなる。要は全員敵と思えば、間違いない。名言だろう。徹底的な人間不信が、勝の楽天主義のど真ん中にあったのだ。

勝は幕府の要人として、江戸城無血開城の大仕事を成し終え、徳川家の存続に道を開いた。徳川から感謝されただろうが、維新後は、明治政府の要職にも招かれたと聞く。しかし、是非の大切さは曲げず、いやと思えば、さっさと下野したそうだ。聞けば、勝には日本の将来構想があった。日本は海運国となり、貿易で国を豊かにしたらよい、という考えだ。こういう国際協調主義は、あのアジア太平洋戦争に至る過程で、日本のエリートの間で育まれた時期もあったが、結局、たち消えとなり、日本は戦争への道をひた走った。 

戦後、日本は貿易立国として経済的繁栄を謳歌した。勝の構想が、巡り巡って実現したと見ることもできるかもしれない。豊かになれば、人心は安定する。それは確かだ。平成の世に生きて、身近に聖人君子がいてくれたら、と思うことがある。しかし、それはいかに平和な社会でも、決して実らない願いだ。皆が思惑で動き、どんな問題解決も、金を尺度に話がまとまる。処世の問題が理念で片付く社会は、きっと恐ろしい社会だが、金で片付く社会は、どうも世知辛い。そういう割り切れないところで、聖人君子の到来を待ち望んでしまうらしい。 

それが弱点なのだ。聖人君子などいるわけない。見かけで判断すると、結果落胆するか、憤るだけだ。知恵の源は悪意の兆しに他ならない。悪意で行動したら、それは悪人だ。しかし、悪意の兆しを機転に変えたら智者だろう。智者を求めて、聖人君子を探したら、さぞかし収まりが悪い。智者は人間の本性を知った人だ。人間の心の内奥には、仏もいれば鬼もいて、悪だっているだろう。それをまとめて敵と言ってしまった勝は、知恵の隠喩を口にしただけに違いなかろう。 

どこかで聞いたことだが、悪意とも見紛うような発想が、深刻な問題を見事に解決し、大善を成す。全員を敵と思えば、悪意の兆しも容易だろう。それで善を成すのを知恵と言うなら、人間不信と楽天主義はまことに、両極端な知恵の両隣である。

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