課題の教科書

Critical Realism for All Leader

デニス・ブレインの演奏|真の実力者の余裕|その死因

デニス・ブレイン(1921-1957)。二十世紀を代表する、世界屈指の英国人ホルン奏者。完璧なテクニックと端正な表現力は、多くの名演を録音として後世に残した。

デニス・ブレインのホルン演奏の技術は、誰もが賞賛する。彼の演奏は、作曲家の意図にどこまでも忠実だった。デニス・ブレインが演奏するリヒャルト・シュトラウスのホルン協奏曲の録音CDがある。彼はこの難曲を楽々と吹きこなし、超絶技巧の欠片もない振りをする。過剰な表現は、どこにもない。簡素にまとまった音の連なりは、奏者の優美な佇まいを連想させる。技術を聴かせるための演奏はどこにもない。卓越したテクニックは、作曲家の精神を忠実に模倣するためにのみ、利用される。 

デニス・ブレインは、ホルン演奏家の一族に生まれ、ホルン奏者としてのキャリアを順調に積み上げていった。噂によると、生徒にレッスンする際、どうして言われた通りに演奏できないか、その原因についての考察をわざわざ、知り合いに確かめたらしい。彼にとって、技術的な困難は無きに等しかっただろう。それ故に、彼が内心感じていた、人付き合いのやりにくさが、どのようなものであったかは想像するしかない。 

ホルン演奏家を目指す練習生にとって、この楽器は極めて融通の効かない代物であり、この難物を駆使して豊かで機敏な表現を実現することは、到達するのにあまりに遠い理想である。デニス・ブレインの録音を聴く限り、その演奏には一点の曇りもない。朗々と奏でる時の、彼の胸中は、誰も邪魔することのない詩情に満たされていただろう。ホルンの練習生が、デニス・ブレインの正確な技術と的確な表現を耳にすれば、羨望を感じずにはいられないだろう。彼らが、デニス・ブレインを称賛する声には、恵まれた能力に対する若干の嫉妬が入り混じっている。

デニス・ブレインは、ホルンの演奏に微塵も疑いを感じていなかっただろう。しかし、それは自分の能力を疑わないという尊大な心ではなく、ホルンという利器が備える表現力の無限の可能性を疑わない、安らかな心持ちだったのではないか。彼はホルンの表現力を突出させ、自分が演奏の中心点に立つことに興味はなかっただろう。持てる者の真の力は、持てる力を尽くさぬ余裕において示される。この人物は、作曲家の意図を表現するのみならず、図らずも、自身の余裕をホルンの音に忍ばせた。 

デニス・ブレインは、三十六歳にして自ら運転する車の交通事故によって落命した。不遜とは言えない慎ましくも敬虔な音楽家としての余裕を体現した、紳士的な演奏家の命を、神が奪い去る名目は、罰ではなく、ただ嫉妬のみであったのか。

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