課題の教科書

Critical Realism for All Leader

映画『ハン・ソロ』を鑑賞して|スター・ウォーズ・ストーリーの評価|技術神話と人間の歴史

技術は神話となる。人間社会の成功事例を並べてみれば、全て、成功の決め手を手段がなみなみと満たしている。しかし、手段がいつも技術であるとは限らない。成功をもたらす手段は、もっと初歩的で、前近代的なものだったりする。しかし技術は、手段の最たるものとして、祭り上げられ、奇跡の到来が期待される。 

映画『ハン・ソロ』を見た。

スターウォーズシリーズは、高度な文明技術と低水準の生活様式が混在した舞台設定によって、観る者の時代感覚を失わせ、物語に移入させる。あの映画は、観る者としては、時代設定が判然としない。はるか昔のようで、極めて先進的な文明が発達している。目撃するのは、古代の神話の再現ではなく、未来に神話になるであろう、今起きている英雄譚である。 

あのシリーズの歴代主人公達は、いつも無秩序なストーリー展開の中で、事前の方策などそっちのけの状態に陥って、四苦八苦する。突然、前触れもなく聞いたことのない技術論が持ち出され、あっと言う間に問題を解決する。しかし、肝心なことの解決は、中世の物語にでもあるような、どこか人間的で感情的な所作が決め手になる。

技術は必ずしも勝利を約束しない。しかし、勝者の凱旋する勇姿を眺める人々は、勝利の要因を何かに求めずにはいないだろう。勝因が勝者の勇気にあるなら、自分に勝機はあるのだろうか。不安が心をとらえる時、技術が平等に安心を与えてくれる。勇気が自分への信頼であることを忘れた時、安心が不信を埋め合わせてくれる。 

技術信仰は人に、その人自身の影を信頼させる。影形となった技術は、それを用いる自分次第でいかようにも変化する。その予期せぬ変化におびえる時、技術は、臆病な腰の引けた人間の姿勢として、地面に映し出される。 

スターウォーズシリーズの映画の中で、危機脱出のため、現代にはありもしない技術の利用に賭ける場面を見る時、人間の儚くも生き延びようとする姿が、ありありと写し出される。技術は人間の機能の延長である。しかし、目一杯の頑張りで、稚拙さと成熟の両極に張り渡された縄の上を、果敢に渡ろうとする勇者が、崖下に写す影は、きっと立派で頼もしい姿に違いない。 

技術を語ろうとするなら、人間を語ることになるに違いない。技術が神話になる時、神話は余りに人間的な比喩で満たされるだろう。神話となった技術を立派に使いこなし、技術をありふれた手段に風化させた時、人間は歴史となるのかもしれない。

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