課題の教科書

Critical Realism for All Leader

『論語』の絶えざる読み直し|孔子の名言が表わす処世の実感|汲み尽くせない本質

孔子(BC552ー479)。春秋戦国時代の中国の思想家である。政治家を志し、魯に仕え、重要ポストにも就いたが、全体としてのキャリアは必ずしも恵まれたものではなく、仕官の道を探して諸国を巡った。

孔子の思想は、社会と人間の秩序を重んじる合理主義で貫かれていた。諸国が覇を競い合う時代に求められるタイプの人材ではなかったが、その思想は、その後、漢代に至って、官学として採用された。一浪人の言行録としてまとめられた『論語』が、その後、国を支えるエリート達の教科書となるには、その言行が時代を越えて説得力をもつ合理性を備える必要があった。 

時々の時代的要請や権謀術数の渦巻く政治状況の中で、高い理想を唱えることは、弱々しい精神主義として受けとられるのが、世の常である。この人物の言説が、死後も言行録として編纂されるのに十分なだけ、弟子達に記録あるいは記憶されていたということは、この人物の語る言葉が、時代を越えて貫く普遍性に満ちており、同時代の弟子達にとっても、胸に響く名言であったことは、想像するに難くない。 

孔子の名言は、個別具体的な状況に合わせて、世の処し方を述べたものである。時に高遠な理想が垣間見えるのは、孔子が身近なところから始めて、普遍的な所に説き及ぶことを実践したからである。学術の場で論ずるような空理空論ではない、実践家が一人一人の弟子に向かってつくづく語った実感が、『論語』として後世に残った。エリートを目指す若者達は、官僚の登竜門の突破を目指して、争うように、この言行録を学び、実体験の不足を補ったであろう。 

孔子の思想を源流とする儒学は、多くの時代を通して、権威主義の象徴となった。しかし、『論語』は、絶えず読み直される対象でもあった。ある一人生において、この書物を何度も読み返したと言う愛読家は数多い。また、ある一社会、一時代において、この書物が読み返されることも、何度となくあっただろう。『論語』の根底には、汲み尽くせぬ本質が水脈となって流れている。『論語』は、その度に、新しく水々しい生命として蘇った。 

孔子が、その苦労のたえない人生において見つめたのは、何よりも人である。死よりも生を、鬼神よりも人を知ろうとしたこの賢者は、人生に全てを見ようとした。『論語』の読み直しで、見つめなおすべきは、人間の本性だろう。時代が変わっても、決して変わらない。『論語』の生命力は、それを読む人生に宿る。汲み尽くせないのは、人生の意味であり、川の流れのように果てしない。

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