課題の教科書

Critical Realism for All Leader

クリティカル・リアリズムとは何か|批評としての現実主義|源となる問題意識

クリティカル・リアリズムとは何か。 

「クリティカル・リアリズム」は、個人的な造語です。ネットで検索すると、「批判的実在論(クリティカル・リアリズム)」という言葉が出てきます。既存の言葉と、かぶるわけですが、元々ある言葉を意識したわけではありません。既存の言葉が、どういうものかは、興味のあるところですが、自分の目指す方向性を確かなものにすることが大切だと考えています。

何故、「クリティカル・リアリズム」と名付けたか。これは、「批評としての現実主義」という造語の英訳です。「現実」は「理想」の対語です。「現実主義」と言っているのは、自分がどこに居るのか、という足元から考えよう、という意思に基づいています。理想を目指すことに満足して、歩みを止めてしまうことを戒めよう。そして、言葉を生み出すにも、理想を具現化して言葉にするのではなくて、言葉を現実と対応させる、あるいは言葉を現実それ自体として扱うことを目指しています。言葉は、単に意味される本質の符号ではなく、言葉自体が世界で機能し、個人の中で脈打つものとなる。そういう言葉の働きを目指しています。

「批評としての」と言うのは、基本的には、行為としての「批評」を指していますが、もう一つ、「危機の」あるいは「決定的に重要な」と言う意味を含んでいます。「critical」の和訳を踏まえています。普段、習慣的に用いている言葉は、惰性に満ちた人間相互の暗黙の了解の中で、真の意味を失っている。真の意味を取り戻すには、人間がよって立つ足元の基盤を揺り動かす必要がある。惰性に身を任せた人に、危機意識を持たせる批評をしたい。そういう意思を込めています。 

「批評としての現実主義」は、客観的真理を明らかにすることを目的とするのではなく、批評対象のあるがままの現実を浮き彫りにして、それを、取り組むべき課題に転換していくことを目指します。つまり、善く生きることを後押しすることが、その狙いです。「現実主義的批評」にしなかったのは、批評それ自体が目的ではないからです。批評という行為を手段として、目指す生き方を指して言っています。 

善く生きるために、批評対象の美質を明らかにすることを方法論とする。存在には必ず当為が伴う。存在の有無を分ける基準は、価値の有無である。存在するものには、何かしら価値がある。その価値を浮き彫りにすることが、存在の本質を理解することである。非難によって、存在を否定したら、それで終わってしまう。だから、存在の美質を明らかにすることで、課題を明らかにしていきたい。あらゆる存在は善を志向する、つまりより善いものであろうとする、という世界観を前提としています。 

そして、批評する者である自分が、どこに居るのか。おそらく、こういう問いにも答えなければ、本当の意味で「クリティカル・リアリズム」は実践できない。私の標榜する「クリティカル・リアリズム」は、このような問題意識から出てきた批評の姿です。 

おそらく、批評を続けていく中で、意味合いは変化し、深まったり、方向が微調整されることもあると思います。まず、今の方向性で書く、ということを続けたいと思います。

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