課題の教科書

Critical Realism for All Leader

ハマトンの『知的生活』|常識を重んじる英国紳士の姿|自分への敬意

フィリップ・ギルバート・ハマトン(1834ー1894)。十九世紀イギリスの著述家。『知的生活』などの教養論、や絵画に関する書物を著した。

ハマトンの『知的生活』は、渡部昇一らによって日本語に翻訳され出版されている。若き青年たちに向けて、処世の心構えや知的な生活を送るための知恵、工夫などを懇切に説く、手紙のような形式で書いている。小難しい哲学や理論がとうとうと述べられているわけではなく、誰でも読める教養本といったスタイルである。

この人は、現世を肯定する楽観主義に満ちた人だ。さにありながら、俗世の誘惑や世間の思惑には注意深く向き合い、自分の知的好奇心を大事にし、人との付き合いには慎みをもつなど、少し厭世的な人生観もにじみ出ている。 

興味深いのは、この人の人間洞察である。なまの人生経験に基づく説諭は、因習道徳に縛られた説教ではなく、根拠のある説明であり、なるほど、と思わせる自然な説得力がある。そういう意味ではリベラルなのだが、一方で常識的なバランスが行き届いた叙述内容は、いかにも古き良き時代の英国紳士の姿を彷彿とさせる。 

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知的生活の実現、というのは、何か形式や様式に当てはまって、事実がそれとして承認されるような類のものではない。何がどうしたら知的生活だ、というのは難しい。地方の田舎で菜園を持たねばならない、とか、著作は数本出版済みでなければならない、とか、世間からそのハイセンスなライフスタイルを賞賛されていてしかるべきだ、とか、そういう形ばかりの、見栄の張った条件設定は、ただその人が、知的生活に踏み出さないための、理由付けにはなっても、モチベーションにはなりそうにない。漠然とした、知的生活への憧れというのは、常に優柔不断なものだ。知的生活とは、ただ、その人の内面に流れる時間、のことである。例えば、『知的生活』をまさに読んでいる時間、その間は、その人は紛れもなく知的生活を送っていると言えるだろう。 

ハマトンは、自分への敬意、というものを大事にする。それが、厚かましい言葉の響きとはならない、姿勢を備えた人だ。この人は、必ずしも幸せな晩年を送らなかった。一生を通じて、その内面に流れた時間が、どんなものであったかは、本人以上によく知る者はいないだろう。しかし、この人は、ある神秘の内奥に直に手を触れること、存在の底に足をつけること、そのことの喜びを、無上のこととして、生きた。それは確かだろう。ハマトンの次の言葉から知ることができる。 

「知的生活が約束できることと言えばひたすら努力した後に、ようやくなにか偉大な真実に触れられるかもしれないということだけですー何を知るにしろ行うにしろ自分が確固たる基盤の上に立っているという実感を得られ、おそらく拍手喝采を博することはないでしょうが、同じ道を歩む者からは仲間として認められるだろうということだけです。」(ハマトン『知的生活』渡部昇一下谷和幸訳、講談社、1979年、P.298)

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