課題の教科書

Critical Realism for All Leader

一呼吸おきます|小林秀雄批判に関する雑観|批評のリアリズム

ふー。一息つきました。

小林秀雄の批評のわからなさについて|批評の命|湯川秀樹岡潔との対談」を皮切りに、論調モードで書き進め、現代日本の課題に一つ手が届いたかな、というところまで進めてきました。課題は、述べてきたこと以外にも、あるでしょう。人材の育成。人材活用の仕組みの再整備。リアリズム判定のフィードバック。等等。課題の全体像にまでは至っていません。 

準備原稿があったわけではありません。その日、その日、思いついたことを書きました。一記事書き、そこから生じる次の疑問を考え、また一つ書き、さらに疑問がわき、・・・。そうやっているうちに、リアリズムというキーワードが浮かんできました。ここまで数えてみると、全部で2万字です。

批評の重点は人物に置こう。そう思いました。

時に、小林秀雄は、よく人を批評しました。しかし、その内容に対する批判は今、根強くあります。例えば、比喩が大げさだ。 

小林は、批評対象の人物が見た景色を語りました。小林の言う通り、人間はニュアンスの塊です。自分のことは比喩的にしか語れない。だから、小林が、自分自身に置き換えた批評対象は、比喩的にしか語れない。小林の比喩が過剰なのではありません。人間というもののニュアンスが、そもそも過剰なのです。 

あるいは、人物を作品を通して語る、という方法が、比喩的な表現を生んでいるのかもしれない。 

批評におけるリアリズムとは何か。 

科学的な符牒を貼り付けた言葉を並べただけでは、その人の見た景色は浮かんでこない。その人の表情や仕草までもが伝わってこなければならない。それを比喩によって伝えるかどうかは、二次的なことです。事実を言葉として並べて浮かんでくる、人間の態様もあるでしょう。 

小林が比喩の多用を流儀としたことの是非は、それほど大きな問題ではない。大事なことは、ひとえに想像力です。想像力を欠いてしまったら、どんなに客観的な描写をしても、人物は目に浮かばない。 

小林秀雄の流儀がどうかは、ともかく、その想像力は見習ってよいのではないかと思います。 

以上、雑観でした。

スポンサーリンク